愚 詠

                        越智 通世

 

穏やかにかくも過すや老い果ての

病負いつつひと日ひと日を

 

今朝もまた寝覚めさやかに起きあがる

いつの日までかかくてあり得ん

 

ありがたし為すべきことの少くて

()ぬるも()つも思いのままに

 

ごろごろと朝昼夜の境なく

寝ねて過さむ最後の夏か

 

なに故に絵を描き続くわかるなし

わかれば絵など描かじと言う友

 

毎日を妻亡きあとも浜に出て

ひたすら筆を運びてあるか

 

秋色の漸やく進む明け冷えに

床の温もり五体を包む

 

聞き識りて「肩で息す」ということを

ようやく吾れもわずかに知れり

 

 

永らえて卆寿に迎う終戦日

戦没の友三十余人

 

六十年学道の朋それぞれに

一つの願い励まし合いつ

 

「形無き自己」の目覚めは揺がねど

なお医さるる「散る紅葉」の句

[「裏を見せ表を見せて散る紅葉」

―良寛]

 

カプセルの薬効尽きて医師の問う

「点滴するや何もせぬや」と

 

長き道伴に歩みて至れるか

()かに心の結ばる思い

 

先立たれ独りなる夜は如何ばかり

寂しかるらむ虚しかるらむ

 

「ポンコツはいつやも知れず」と言し友

    早くも逝きて憶いの消えず

 

ここしばし便り絶えたる友想う

障り新らたに加わりたるか

 

お互いに思い残すはうすけれど

なお睦み合う同窓の友

 

差し当り為すべきことの無くなりて

安しと言わむ虚しと言わむ

 

不思議なり為すべきことの一つずつ

生れきたりて力を尽す

 

頭髪のばさりばさりと九分通り

抜け落つ療法荒涼たるも

 

寝台の傍に睦める娘達

我れ安らぎてクイズに耽る

 

若きより好みきたれるフィクションも

今となりては(うつつ)に如かず

 

意味うすき知りつつなおも難題に

過誤を重ぬる数独悔し

 

坐しありて線香の火に思うなり

かく崩れ落ち消え去るよしと

 

朝ぼらけ澄める大空(とこ)とわに

拡りあらむ我亡きあとも

 

日の出をば絵本の如く思う常

仰ぐ光芒念慮を絶す

 

 

語呂合わせ境涯述ぶるばかりなる

老い病む歌に価値のあらめや

 

生涯も過程にすぎずどこまでも

社会の流れ宇宙の流れ

(二〇〇九・一一・二〇)