愚 詠
越智 通世
肺転移抗癌剤の能く効きて
宙ぶらりんの日々噛み締むる
娘笑む「父の病いの鎮まりて
母雀躍りし外に出し」と
千の風漲り渡る青空に
正月墓参心爽やか
孫五人集い来たりて家揺らぐ
余生の春の喜び深し
隔意なき近親のみの輪にありて
なお謹まむことある思う
病みありてなお坐り得るありがたし
躰ほぐれて思い調う
抗癌剤効き目著るきは馴染みこし
坐の功徳かと躰に覚ゆ
ひと日毎暖かさ増しありがたし
老い病む身にも生気湧きくる
才競う思いの絶えしクラス会
病労わる情を交わす
娘伸び母は縮みて話しあり
我も縮みて眺むる楽し
四人掛け娘姉妹老夫婦
孫の話に笑いは尽きず
大陸に骨を埋むと励みたり
民族協和の国拓かむと
国滅び不信の闇を彷徨へり
不滅の真実「形無き自己」
台湾に逃れてありし満州の
学友は涙し肩を抱きくる
「形無き自己」といえども絶対と
依存しあれば俗信となる
温かき心覚むれば下肚に
力充ちきて思いは豊か
偕に老い不工合あれど苦にならず
卒寿迎うと傘寿過ぐると
「このうえに仕合わせ望む思いなし」
妻は言うなり我も元より
今更に何の焦らむことやある
いまここのことはまりてあらむ
卒寿とはいみじくいいし自ずから
人生卒えむ思い生まるる
世の中に訣るるときの近づきて
事の成否の思いうするる
何事もすべて受け容れ逝きたしと
思い湧きくる嫌や事のあと
歩まねばいよよ衰う覚えつつ
なお臆劫と散歩怠る
当人は足運びあり懸命に
傍目に映るよぼよぼ歩き
寝ることが一番楽となりきたる
永遠の眠りに連なりゆくか
抗癌剤徐々に限界近づくか
疲るる増して食慾落つる
苦しみのきたらむことも覚悟しつ
なお穏やかに衰えゆかむ
あくまでも全治目指して模索する
ひたむきの友句境や如何に
報道は理不尽惨事次ぎ次ぎと
三猿決むるは人にはあらじ
四苦八苦理不尽惨事嘗め尽し
「思い捨てよ」と釈迦は言いしか
混迷の世相見詰めつすべをなみ
心痛めて流されゆくか
久しぶり昔の如く果せども
あとの疲れは二倍三倍
求むるは多くなけれど為すべきは
力尽さむ悔なきまでに
遠近の友の訃報の繁くなる
じわりと迫る思いは重し
家建てり訪れ来たれと息子達
病押してもはるばる行かむ
(二〇〇九・六・一八)