介護老人保健施設の 現状と問題点について


 
                                   渡部 良次


 大藪 利男会員の「傾聴ボランティア」活動についてのご講演を大変興味深く拝聴しましたが、講演終了後の質疑応答に際して老人の介護の難しさに関連して、排泄など手助けなどはどうされているのかが話題となりました。そこで介護施設で働いている一人として少し施設の状況を説明したのですが、後で開催された総会で私に大藪さんの原稿に付け加えて施設の仕事について紹介するようにとのご要望が有りましたので報告します。

 私は一年前から市内(和歌山)の介護老人保健施設に週3回出勤しております。介護老人保健施設は原則としては治療は必要としない人が対象なのですが、実際には、殆ど全員が入所前からの薬を継続して服用しており、入所している人は、軽い方では家庭で生活していても病気がちで通院が必要だが家庭の事情で介護が難しい人や、認知症で自宅では持て余す人など。重症では脳血管障害で半身麻痺があり、更に療養生活中に手足の運動が不十分なために手足の関節までが硬くなってしまった人。それに言葉が不自由だったり、認知症も加わったりなど様々です。軽い症状の人達は車椅子で食堂にきて食事を摂りますが、一日中寝たきりの人も可成り有ります。手足の拘束などは有りません。音楽療法や絵画教室も実施されています。

 職員については、働きはじめて直ぐ気付いたのは、職員全体特に介護士たちが入所者と全く対等の立場で良く働くことで、オムツは使用していますが、排尿は出来るだけ自分で便器に腰掛けてするように介助しますし、大便や入浴の世話などしながら自分の着ている物が汚れても少しも気にせずに入所者の世話を良くやります。ですから私は機会ある毎に皆を褒めています。此処で働きはじめて間もない頃、病室で構語障害がある人のため言っている事が分からず私が困った時、担当の介護士が通訳?してくれた事がありました。感心して詰所に帰ってからその介護士にお礼を言って良く分かるねと褒めたのですが、返って何故と言うような顔をされてしまったのが印象的でした。

 老人ですから飲み込む機能が低下して誤嚥による肺炎を起こす人が多いのは当然として、手足などに何が原因か良く分からない炎症を起こすなど、50年近く病院で働いた私も診たことがない病気を色々経験します。これは一つには私の専門が救急の多い循環器疾患だった事にも関係するのかも知れません。特に問題なのは食欲の低下で、長い時間をかけてスプーンなどで介助しても口に入れたままで飲み込もうとしないなど困惑します。看護師、介護士などが気長に付合っていますが良く我慢すると思います。点滴などしても水分を摂らないための脱水の治療にはなりますが、栄養補給にはなりませんから家族の了解のもとに鼻からチューブを入れたり、遂には手術で腹壁に穴をあけて胃に直接栄養物を注入したりという事になりますが、何処までこのような処置をすべきか、このような処置をする事がご本人の幸福になるのだろうか?と悩む事が度々あります。

 施設に行きはじめて可成りショッキングだったのは、入所者が集会室で話もしないで向き合って椅子にかけている様子です。この異常で取っ付きにくい状態こそ大藪さんが取り上げておられる問題を良く示していると思います。働きはじめて直ぐこれが老人施設の第一の問題であると感じましたが、直ぐに手を付けるのは難しいと考え、先ず内科医としての仕事、肺炎などを早く発見して病院に送る、膀胱炎などによる発熱を減らすなどから開始しました。今年からは友人の精神科医師に協力してもらい認知症の人について大声をあげる、徘徊などの周辺症状への対応を試みていますが、病状に合う薬を選ぶだけでなく、更に機会をみて少しずつ入所者と話してみるなどの対応も考えて行かねばならないかと考えて居ります。併し私が担当の内科医であるために面接しても色々な体の不具合についての要求ばかりが出て傾聴には成らないのではないかという懸念がありまだ踏み切っていません。職員も大声を上げる人は詰所に連れてきて長時間座らせておき不安の解消に務めるなど色々と努力していますが、日常の仕事に忙しく、大藪さんのように一人に30分ぐらいかけてゆっくり話を聴いて「相手の鏡になる」というサービスを定期的に繰り返す事はなかなか難しいのが実情です。大藪さんが実際に体験して話されたように「傾聴ボランティア」のお仕事は認知症の周辺症状を軽快させる一つのすばらしい方法ではないかと私も考えております。出席者の中には岡山からこの講演を聞きに来たという老人保健施設の経営者の方がありましたが、私も施設長の了承を得ましたので、和歌山に「傾聴ボランティア」のグループが出来れば此処の施設にも導入も試みたいと考えて居ります。

付:私の務めている施設は「介護老人保健施設エスポワール」と言う名称です。 収容人員150名、原則として65歳以上で介護の必要を認定された人を収容する施設です。(40歳から64歳までの特定疾患で要介護と認定され人も含める)現在の収容者の年齢は58歳?101歳で、平均80歳以上、大部分は女性です。医師は私の外に一名の非常勤医師一人があり、私と交互に勤務しています。常勤職員は看護師15名、リハビリ要員4名、介護士48名(男性8名、女性40名)です。国の制度としては「介護老人保健施設」は病院での入院加療と自宅療養との橋渡しの中間施設として位置付けされています。「介護老人福祉施設」(以前老人ホームと呼ばれていた死亡まで収容する施設)や「認知症老人グループホーム」との中間施設でもあります。