ＦＡＳ協会総会報告
川﨑 幸夫
本年は五月一日の午後二時から四日の正午まで相国寺山内林光院において別時学道を行なつたので、引続き林光院において午後一時半から約四時間にわたつて総会を開催した。参加者は大藪、越智、湖海、後藤、斎藤文利、島田、種村、常盤、法橋、山田、米田、渡邊昭之、川﨑の十三名であつた。
総会に先立つて、法橋史彦さんから提示された「今後のＦＡＳについて」という課題をめぐる「相互参究」という形を取り、二時間あまり活発な意見交換を行なつた。法橋さんが示された課題は二つあつて、一つはＦＡＳ協会の活動をより一層活勢化させてゆくためには新しい会員が数多く参加してくれることが必要であり、そのためには現在行なつているインターネットなどによる広報活動のほかに、京都にある各大学、特に哲学や仏教学の専門課程を設けている大学の学生に対する働きかけを強めてゆくことが必要ではないか、という提案である。それからもう一つは、ＦＡＳ協会はその前身である学道道場に遡ると既に六十年以上の歳月を経過しているが、創設期以来の古参の会員の多くは遷化されてしまい、歴史的な記憶の多くは散逸している。そのために現在の活動を支えている会員にとつては、今日にいたるまで協会の辿つてきた足取りは知る由もない情態である。ＦＡＳ禅の理念のもつ世界史的な意義を思うならば、協会の歴史を正しく伝承してゆくことは極めて重要なことではなかろうか。そのための手筈として、まづ残された客観的資料である過去のすべての印刷物のバックナンバーを揃え、会員が随時自由に閲覧できる体制を整えておくことが必要ではないか。以上の二つの御提案であつた。第一の提案に対しては、新しい会員の加入を大学生、特に京都に所在する大学の学生には期待し得なくなつた事情に比較的詳しい川﨑が主として説明を行ない、ＦＡＳ協会のこれから進むべき道はむしろ大衆禅の方向に求められるべきであることを述べた。次に第二の提案に対してはまつたく法橋さんの指摘されたとおりであり、できるだけ早急に手を打つことにした。なおこの間の説明を更に補足しながら書誌してみたところ、かなりな長文となつたので別稿の形にすることにした。
午後三時半を過ぎたところで相互参究を了えることにし、暫時の休憩を挟んで総会に移つた。まづ最初の議題は二〇〇三年に選出した現在の委員および委員長の改選である。この中には、昨年の総会で新たに補充した広報委員に選ばれた種村さんと、病気のため辞任された原田さんに代わつて監査委員を引受けて下さつた常盤さんも任期途中ながら同じ扱いとすることにした。ところで今回は神戸在住であるにも拘らず長年実究委員として御尽力いただいた越智さんが昨年大病をされたこともあり、暫く楽な立場で協会活動に参加することを希望されたのを承けて、実究委員には法橋さんに加わつていただくことにした。そのほかは従来庶務・広報となつていたのを二つに分け、米田さんには論究一本槍となつていただくことにしたほかは昨年度と特に変更なく、左記のように次期の委員を選出した。
(実究) 大藪利男、斎藤文利、法橋史彦
(論究) 阿部正雄、山田慎二、米田俊秀
(風信) 江尻祥晃
(会計) 湖海昌哉
(庶務) 大藪利男
(広報) 種村辰男
(監査) 常盤義伸
委員の改選を了えた後、本年四月末の委員会でインドにおいて目下展開中の大乗仏教復興運動に賛同してＦＡＳ協会としても支援をすることを決めたので、その御承認をいただくために詳しい報告を行なつた。この運動の推進力となつているのはサンガラトナ・法天・マナケさんという今年四三才になるインド僧である。サンガとは漢訳仏典では僧伽と音写され、ラトナは宝を意味するが、以下は簡単にサンガ師と呼ぶことにする。サンガ師は一九七一年、九才の時に縁あつて来日し、爾来比叡山延暦寺に立篭つて一四年間修業に専念した後、一九八五年にデカン高原の真唯中に位置する故郷のナグプール市に戻り、大乗仏教復興の拠点となる禅定林を建立した。そしてカースト社会の中で差別されている仏教徒たちを貧困と苦難から救うために、孤児院を開き、小中学校を建て、更に大人のために図書館を設けたり、医療活動を行なうなど、教育や福祉の事業を興している。それとともに、文字を解さない信者たちに仏教の教理を目に見える具体的な形で示して布教するために、禅定林の近くに高さ一〇メートルの台座を築き、その上に同じく像高一〇メートルの石仏の釈迦牟尼像を建立し、更にその周囲に説法を聴く五人の比丘像を配置している。このような活動を始めてから今年で二〇年を経過しているが、この間に一九九六年にはさまざまな宗教から信者を集めて、十数万人が参加した平和大行進を行ない、釈迦誕生の地であるネパールのルンビニからナグプールに到る三〇〇〇キロ以上を踏破した。更に二〇〇二年一月にインド西部で突発した大地震の被災地に赴き、諸宗教の僧侶等を集めて平和の祈りを行なつている。過去のインドでは仏教徒の差別撤廃運動がしばしば権力闘争の形を取つたり、或いは政界と結びつくような場合もあつたが、サンガ師の運動はあくまで人類的視野に立つたヒューマニズムの展開という形を取つており、大乗仏教の根本教義である智慧(パンニャ)と慈悲(メッタ)を踏まえることを旨としており、ＦＡＳ協会の唱える『人類の誓い』や智体悲用の精神と深く通ずるものがあるといえよう。
このようなサンガ師の活動は固よりサンガ師の個人の努力によるだけでなし得るものではなく、天台宗が深く関与した『パンニャ・メッタ協会』―パンニャとは般若すなわち智慧、メッタは慈悲を指す―と一体となつて行なわれ、二〇〇一年には日本におけるサンガ師の支援組織として「パンニャ・メッタ協会日本委員会」が発足した。そして天台宗の本山だけでなく、全国各地から、多くの方がしばしばインドに赴き、単なる宗派的観点を離れて、大乗仏教発祥の地であるインドに大乗仏教の復興を願つて支援活動に加わつていることに感銘を受けた。今までは個人の特志家の活動として、日本や東南アジアの僧侶がインドで仏教再興の運動を行なつてきたが、サンガ師のようにインド人自身の発願として、インドの民衆の内部から生じた要求に立脚しながら、このような気運が起つてきたのは大変注目に価するといえよう。このような運動が今まで日本の大新聞やテレヴィなどで報じられたことはなかつたのではないかと思われるが、われわれも本年一月の平常道場に出席された会員の島田美穂さんによつて始めて教えられたのである。実はわれわれも始めの間はあまり乗り気ではなかつたのであるが、「パンニャ・メッタ協会日本委員会」の理事でもある島田さんの熱意に打たれて次第に委員の間で理解が深まり、天台宗とか禅宗といつた宗派的な意識を捨てて、協会としても支援すべきではないかという考えに落着し、目下ナグプールの禅定林に大本堂の建立が進行中なので、その支援金として三〇万円を寄付することに委員会で決定したのである。総会には健康状態が必ずしも万全でない島田さんにも「パンニャ・メッタ協会」を代表する形で御出席をお願いし、席上で資金カンパの手続きなどを御説明いただき、できるだけ早く送金することを決定した。なおその席上で京都テレヴィより「大乗仏教の再生・インド禅定林」という題目で放映されたサンガ師のインドにおける活動記録のヴィデオ・テープを披露されたので、各委員が順次自宅で画面を再生することにした。
サンガ師の話の後に、この一年間の活動が報告されたのち、腰痛のために総会を欠席された江尻さんに代つて、大藪さんから七月下旬発行予定の「風信」五二号のために江尻さんから寄せられた発行までの日程表と執筆依頼および原稿の提出期限などについての江尻さんの御要望が告げられた。それが終ると常盤さんより、久松先生の著作の内で英訳された論文の一覧表が配られ、詳しい説明がなされた。
最後に湖海さんより、別表のごとく平成一六年度の会計報告が行われ、常盤さんから承認の報告があり、更に平成一七年の予算案が示され、全員異議なく諒承した。